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義兄弟、散る

どうも、tamagocchikunです。 


前回は、劉備と曹操との激突を見てきました。今回も、劉備、曹操、孫権のそれぞれの視点から三国志のストーリーに迫っていきたいと思います。

 

 

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関羽の死

この頃、荊州は、劉備の義兄弟である関羽が責任者となっていました。関羽がうまく荊州をまとめきれていたかというと、実は少し問題が生じていました。

 

関羽は優れた人物には、間違いないのですが、少し傲慢な所がありました。自分の強さを過信し、相手に対して見くびった態度をとるようなところもありました。ですので、関羽に対して反感を持つ者もいました。

 

関羽は曹操に対して攻撃をしかけますが、荊州の支配地域が手薄になってしまいました。

そしてこの時、曹操と孫権は関羽を倒すために手を結びます。

さすがの関羽も曹操と孫権から攻められれば、勝つ事はおろか、逃げ出す事も難しい状態となってしまいます。

 

そして、ついに関羽は捕らえられてしまいます。曹操も孫権も、関羽ほどの武将をは配下に加えたかったに違いありません。しかし、関羽の劉備への忠誠心は、誰もが知る所でした。

 

そして、関羽は息子の関平とともに斬首されます。

関羽の首は曹操の届けられ、手厚く葬られました。

 

そして、なんと曹操も病によってこの世を去ります。息子の曹丕が後を継ぐこととなります。

 

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義兄弟たちの別れ

関羽の死を聞いた劉備はかたき討ちを決意します。孔明は必死に止めますが、義兄弟を殺された劉備の決意は変わりませんでした。

 

もう一人の義兄弟である張飛も、一刻も早く関羽のかたき討ちをしたかったので、部下に準備を急がせました。部下は準備にもう少し日数が欲しいと申し出ましたが、張飛に却下され、鞭打ちにされてしまいました。元々大酒飲みの張飛、この日も飲んでいました。もし酔っていなければ、部下にこのような事はしなかったかもしれません。

この仕打ちに部下は怒りと危機感に包まれます。

 

そして、酔って寝ている張飛を殺してしまいます。張飛の首を持って、呉に寝返りました。

 

この後、張飛の息子である張包と、関羽の息子である関興が、かたき討ちの軍に加わります。

そして、劉備は大軍を率いて呉に攻め込みます。最初は優勢に戦いを進めますが、新たに呉の軍師となっていた陸遜の策略によって大敗を喫してしまいます。

 

この後、劉備は義兄弟の死や戦いに敗れたことで弱り、病に伏してしまいます。

そして、劉備は孔明に対し「私の息子を支えていってほしい。ただ息子に能力がないと判断したら、お前が蜀を治めるのだ」と伝え、亡くなってしまいます。

 

この数年の間で、劉備、関羽、張飛、そして曹操までもが亡くなってしまいます。