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孔明VS司馬懿の戦い、ついに決着!!

tamagocchikunです。

 

今回は、馬謖が処刑された後の続きを見ていきたいと思います。

 

 

 

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北伐は、最終的には、合計5回行われました。

まさしく、孔明と司馬懿のライバル対決でした。孔明は、司馬懿率いる軍をあと一歩まで追い込みますが、結局、司馬懿を倒すことは出来ませんでした。

 

蜀は、深い山に囲まれており、敵が攻め込んでくるのは難しい地形でした。

守りやすいという面があるのですが、攻めて出ていくには非常に労力が伴いました。

 

幾度に渡って行われた北伐によって、蜀の国力は徐々に低下していっていました。

そして、激務をこなし続けた孔明の体力をも奪っていたのでした。

 

五丈原の戦い

孔明は、5回目の北伐を開始します。そして、兵を進め、五丈原で司馬懿率いる軍と対峙します。

司馬懿は、守りを固め攻め込むことはしませんでした。

その時、魏のトップである曹叡が攻め込むことを禁止していました。

「持久戦で兵糧攻めにして、相手の食料が尽きたら攻めよ」と司馬懿に命令していました。

 

孔明は、司馬懿を挑発し、攻め込むように仕向けますが、司馬懿は一向に動きません。

 

その後、両軍一進一退の攻防が続きます。

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孔明の死

 

司馬懿は、孔明の日々の状況を知るチャンスを得ました。

情報によれば、「食事はあまり取らずにずっと仕事ばかりをしている」

この情報を聞いた司馬懿は「孔明の死期は近いのではないか・・・」と考えるようになります。

 

司馬懿の推測通り、幾度と行われた北伐、そして五丈原での戦いで、孔明の体はもはや限界に達していました。

 

孔明は、延命のための祈りを捧げます。祈りの儀式を行っているときに、報告に訪れた魏延が、祈りのロウソクを消してしまいます。

孔明は今後の蜀を支えていく事になる姜維に対して、今後の策などを伝えました。

そして、孔明は五丈原で亡くなります。享年54歳でした。

 

死せる孔明生ける仲達を走らす

蜀軍は撤退を開始します。そしてそこへ司馬懿率いる軍が攻撃を仕掛けます。

 

ところがそこへ車に乗った孔明が現れました。孔明は亡くなったと思っていた司馬懿は驚き軍を退却させました。

 

実は、孔明を似せて作った木の人形でした。

司馬懿は、孔明人形のせいで、軍を退却させる事になってしまいました。

この事を「死せる孔明、生ける仲達を走らす」といいます。

 

そして、改めて司馬懿は蜀軍が撤退した後の陣をみて、孔明の偉大さ、すごさを実感することとなりました。

 

次回は、孔明亡き後の三国時代がどのようになっていったのかをみていきたいと思います。

この物語もいよいよクライマックスをむかえます。