知識は身を助ける!!

知識を身につけておいて、決して損はありません。このブログでは様々な知識や効率の良い勉強方法などなどご紹介していきます。

孔明の死後、劉禅がんばれ

みなさん、tamagocchikunです。

 

この物語もいよいよクライマックスに近づいて参りました。

今回は、孔明の死後の状況を見ていこうと思います。

 

f:id:tamagocchikun:20191109201121j:plain


 

・司馬懿が実権を握る

まずは魏はどんな状態にあったのかを見ていきます。

魏の2代目皇帝である曹叡は、孔明の死後に油断をしてしまい、そこから反乱が起こります。

しかし、その反乱も司馬懿が見事に鎮めました。

その後皇帝が3代目の曹芳に変わります。曹芳はまだ幼かったため、曹爽と司馬懿が補佐につくこととなります。

 

曹爽は、司馬懿に野心ありとみて、司馬懿を遠ざけます。曹爽は、それほど有能な人物ではありませんでした。

徐々に曹爽と司馬懿は意見が対立するようになります。

そしてこのまま曹爽の好きにさせておいては国がダメになると考えるようになっていきます。

 

司馬懿は野心が曹爽に対して、野心がないように見せるために、わざと聞き間違えたり、薬を飲む時にわざとこぼしたりして老いてきている事をアピールしました。

もちろん、これは曹爽を油断させるためのお芝居でした。

 

曹爽は皇帝は連れて墓参りにいきます。司馬懿はその隙を突いて、ついにクーデターを起こし、一族を皆殺しにしました。

こうして司馬懿は魏の実権を握ることになりました。その後実権は司馬懿の2人の息子である、司馬師と司馬昭に引き継がれます。

 

・孔明なき後の蜀

一方、蜀では孔明の亡き後、蒋琬と費禕の2人が後を継いで内政を整えていきます。

蜀のトップは劉備の息子である劉禅です。

そしてこのこの頃の蜀の武将として、必ず描かれているのが姜維です。姜維は元々、魏の武将でしたが孔明に捕らえられ、蜀の武将となります。

姜維は孔明の後を継ぎ、北伐を進めていきました。

 

・孫権の晩年

この頃、呉はどうなっていたか?

蜀の劉備、魏の曹操は亡くなっていましたが、孫権は生きていました。以前に比べ判断力などが鈍ってきており、後継者問題で呉は乱れていました。優秀な人材が相次ぎいなくなる状況でした。

 

・劉禅の降伏

司馬昭が蜀への進軍を決意します。蜀では姜維が魏軍と戦いますが、蜀の大将である劉禅があっさり降伏してしまいます。ここに劉備が建国した蜀が滅亡します。

劉禅は殺されることはなく、その身柄は魏に移されました。

司馬昭は劉禅を招いて宴を催しました。

司馬昭は、「蜀は恋しくないですか?」と尋ねたところ、劉禅は「全然寂しくないです。ここは楽しいですよ」と答えました。

三国志演技では、劉禅は最低の君主であったように描かれています。

 

・中国統一

魏ではその後司馬昭の息子である司馬炎が後を継ぎ、「晋」を建国します。

その後、孫権亡き後の呉を攻めて滅ぼします。

ここに司馬炎が中国を統一しました。

 

ここに長く続いた戦いにピリオドが打たれます。

 

f:id:tamagocchikun:20191109200814j:plain