知識は身を助ける!!

知識を身につけておいて、決して損はありません。このブログでは様々な知識や効率の良い勉強方法などなどご紹介していきます。

劉備のライバル、曹操が勢力拡大!!

f:id:tamagocchikun:20191109201655j:plain

 

 

みなさん、tamagocchikunです。
今回は董卓VS反董卓連合軍の戦いの結末を見ていきたいと思います。

 

 

・戦いの結末は如何に??

 

 

連合軍は、決して一枚岩ではなかったのですが、勢いがありました。

董卓は連合軍の勢いを恐れます。どうしたか??

 

都である洛陽を焼き払ってしまいます・・・しかも財宝も奪っていきます・・・

 

そして都を長安に移しました。

 

この後、反連合軍が「董卓め!何しやがる!!」と一致団結できればよかったのですが、参加した武将たちには、様々な思惑があり、結局は内部分裂を起こしてしまいます。

 

あえなく、反董卓連合軍は解散・・・

 

・董卓は結局どうなった?

 

董卓は、敵が空中分裂したので大喜び!!

このまま権力を固めていくかと思われましたが・・

 

呂布に殺されてしまいます!!

裏切り人生を歩んできた呂布ですが、ついには董卓までを裏切ってしまいます。

 

ここで、董卓の独裁は終わりを告げます。

この後はいよいよ群雄割拠の時代へと突入していきます。

 

曹操、劉備、孫堅など、主役級の人物たちが活躍します。

 

ここからは、曹操の視点から物語を見ていこうと思います。

 

・董卓の死後

 

 

董卓を殺した呂布でしたが、董卓の軍に負けてしまい、反董卓連合軍の大将であった出袁紹の元に身を寄せます。

呂布は袁紹の元で大活躍を見せます。

ところが部下たちが調子に乗ってしまい、各地で略奪行為をやってしまいます。

袁紹と呂布には、やがて溝がでてきて、呂布は袁紹の元を離れます。

 

この時期、勢力が強かった陣営はどこか?

1つは呂布を利用し敵を片付けた袁紹、もう一人は曹操です。

ではこの頃曹操は何をしていたのかをみていきます。

 

董卓の死後、またまた各地で反乱が起きるようになりました。黄巾の乱で暴れた信者が残っていたのですが、曹操は反乱を鎮圧し、黄巾党の信者たちを曹操の軍隊に編入しました。そうして、勢力を拡大していきました。

 

そして、袁紹と曹操がぶつかります

 

・官渡の戦い

 

f:id:tamagocchikun:20191109200325j:plain

 

 

実は袁紹と曹操は、小さい頃からの友人だったんです。この二人が激突します。

 

袁紹側は10万人、曹操側は1万人。10:1の兵力差がありました。(兵士数に関しては諸説あり)

曹操は戦いに挑む前に悩んだようですが、軍師である荀彧が「袁紹軍は全然まとまっていない。烏合の衆ですよ」と分析しており、曹操もその分析を信じました。

結局、曹操がこの戦いに勝利します。

荀彧の分析通り、まさに烏合の衆であったのと、袁紹の優柔不断な性格が災いし、内部分裂を起こし、曹操に滅ぼされてしまいます。

 

この戦いによって、曹操は圧倒的な勢力となりました。

 

では、この頃の劉備は何をしていたのか?

実はこの官渡の戦いにも絡んでいました。

 

次回はこの時期を劉備の視点から見ていきたいと思います。